プロフィール

プロフィール
スポンサードリンク

はじめまして、コーヒーブロガーのオクダタツキ(@tatsuki824)です。

プロフィールをご覧いただきありがとうございます。1992年8月24日生まれ。おとめ座。愛知県半田市という田舎で生まれました。今は名古屋市で暮らしています。

学生時代にひょんなことから世界一周することになり、海外のコーヒーショップやカフェをめぐりました。そこからコーヒーの魅力に気づき、今ではコーヒーを自家焙煎しています。「好きなことを好きなだけしたい!」と思い、コーヒー屋、ブロガー、ときどきシンガーとして活動中。

ここからは、ぼく、オクダタツキの生い立ちやこれまでの経歴をまとめてあります。よかったら読んでみてくださいね。

スポンサードリンク

オクダタツキの生い立ち

時計とお金と植物

Point!

  • 小学生時代はいじめを経験。友達0人
  • 中学時代は親が離婚。父親に殺されかける
  • 離婚のときの無力感から、中3にして勉強に目覚める
  • 最終的に愛知県内で難関大学に合格

学生時代はとにかくイケてない生活でした。小学校は田舎の2クラスしかないところで、新しく赴任してくる先生はみんな口をそろえて「自然豊かな学校」といっていました。

 

いま考えると、たしかに山のうえに学校があって、大きな坂を2つくらい上って登校していたような。。。山超えしてたのかな。とにかくそれくらい田舎。

小学校のときはいじめにあって、友達もほとんどいませんでした。「あいつのこと無視しろよ」という人がいて、友達だったはずの子たちはそれ以来、友達じゃなくなりました。

ぼくの根暗な性格はここでできあがったのかもしれませんね(笑)

 

さらに中学3年生くらいになると、親が離婚しました。もともと父親と仲がよくなかったのですが、ぼくの発言にカチンときた父親に首を絞められ殺されそうに、、、。

あとから聞いた話では父親はギャンブル依存症で、多額の借金を2回も作ってきたのだとか。

 

それはたしかに離婚だね(笑)

 

って感じなのですが、当時のぼくはそうもいかず。なんとかして離婚を止めなければと奮闘していました。いま考えると若いなぁという一言に尽きますが、当時のぼくは離婚の原因は自分にあると思ってました。自殺も真剣に考え、不登校になってましたね。

 

小学生から中学生までは、うまくいかない毎日に一日に何回も泣いていたような。。。今となってはいい思い出(笑)

今から考えると、『大した悩みじゃないじゃん。』なんて思っちゃうんですが、当時の僕はとっても悩んでいたような気がしますね。

 

思えばこのときのぼくは離婚を止めようと必死でしたが、結局止められず無力感に押しつぶされそうになってました。母親に守ってもらうばかりで、自分が離婚の原因を作ったのになにもできないってことを死ぬほど悩んでいた気がします。

とにかく『力』が欲しくて、勉強して立派な大人になればこんな思いをしなくて済むって思ってました。自分でやったことの責任を自分で取れるように早くなりたいと、あのときは必死でしたね。

 

しかしこの離婚から、なにかに強烈にめざめて必死に勉強するようになります。中3にして、勉強に目覚めることになるんです。

その結果、地元ではまあふつうかなってくらいの高校に進学することになりました。あのときは結構がんばって勉強していたつもりだったのですが、元がよっぽどバカだったんですかね(笑)

 

高校に進学しても、その勢いは止まらずにとにかく勉強に打ち込みました。授業もそれなりに聞いてましたが、それよりも自己流で勉強をすすめていき、愛知県内では難関と言われる私立大学の経営学部に入学することになります。

 

ただ、最初の一年間はわりとまじめに行っていたのですが、世界一周や中小企業の社長に弟子入りする長期実践型インターンシップなどを通して、自分のやりたいことも明確になってきました。そして大学に対して「これ行く意味あるのか」って思い始めます。

大学に入ってやりたかったこと。世界一周している夫婦との出会い

ひとり旅

Point!

  • 大学に入学し、留学に興味を持つもお金がなかった
  • 先輩の一言から「フィリピン留学」をすることになる
  • そこで世界一周中の夫婦に会う
  • 世界一周を決意

ぼくの入った大学は、英米学科有名なところで海外留学とかを積極的にうながしていました。当時のぼくもせっかくそんな大学に入ったのだから、「留学したいなぁ」なんて思い始めます。

ですがいろいろ調べたものの結局そんな金なさそうだ。という結論にいたり、行ったのが「フィリピン留学」です。

 

いまでこそメジャーな選択肢ですが、5年以上前の話なのであのときはまわりにフィリピンに行ったことがある人はほとんどいなかった印象。大学の先輩のつるの一声で、即決しました。

 

そして、そこで出会ったのが当時世界一周していた日本人夫婦でした。世界一周なんてできるのか!と衝撃を受けました。そうしたら「世界一周、すればいいじゃん。大学一年休学したら、資金もたまるよ」とのこと。まじか!!とさらに衝撃を受け、世界一周をする決意を固めます

バックパッカーとして『世界一周』をして知った、コーヒーの魅力

コーヒーとコーヒー豆

Point!

  • 大学を休学し、世界一周の旅に出る
  • 旅の中で「スペシャルティコーヒー」というものがあることを知る
  • コーヒーに強く惹かれ、大学を中退

実際に動いたのは、大学3年のとき。1年間休学していろんな国を回りました。せっかくならなにかテーマが欲しいと、なんとなく「世界一周のカフェ巡り」を敢行。トータル12か国をバックパッカーとして旅しました。

 

それぞれの国でカフェ文化、コーヒー文化が異なることを知りました。そしてその旅の中、出会ったのが「スペシャルティコーヒー」でした。スペシャルティコーヒーとは、簡単に言うと品質の高いコーヒーのこと。今だと「サードウェーブ」とかって呼ばれていますね。当時はこんなに美味しいコーヒーがあったのか!と衝撃をうけました。

 

そこからコーヒーの魅力にハマりはじめ、日本の最先端が東京だと聞けば東京までコーヒーを飲みに行ったし、コーヒーの最先端がオーストラリアにあると聞けば、コーヒーのためだけにオーストラリアを一週間旅したりもしました。

やりたいことが決まっていて就職なんてする気しないと、親の反対を押し切り大学を中退。それからはフリーターの日々です。

鬼のように働いた地獄の労働生活

ブロガー、仕事

Point!

  • 憧れのカフェでバリスタとして働き始める
  • 安月給に生活が困窮
  • やりたいことをやるにはお金が必要だと痛感
  • 死ぬほど働き、お金を貯めることに成功

大好きなコーヒーを仕事にしたい。コーヒーのある暮らしを広めていきたい。そんな思いから、あるカフェで正社員として働くことにしました。

自分の好きなコーヒーショップから豆を仕入れているし、あこがれのエスプレッソマシンがあるおしゃれカフェ。働けると決まった時は夢のような気分だったのを覚えています。

 

ただ、毎日15時間~18時間働いて給料はたったの11万円。休みの日新メニューを考えたり、店の掃除とかしていたときもあり、オン/オフを切り替えるっていう発想がありませんでした。とにかく必死に働きました。

 

「一流のバリスタになりたい」、「みんなにスペシャルティコーヒーの良さを広めたい」と意気込んでは現実に打ち付けられるような日々でした。気づけば、というか気づかないうちにどんどん消耗していきました。ついには生活に困窮し、精神的にも追い詰められてあえなく退社することになります。

 

好きなことをやっていくためには、最低限のお金が必要だと知りました。そもそも生活していかなきゃいけない。サスティナブルコーヒー(持続可能)をうたっているのに、自分がサスティナブルじゃないなんて笑えない。

 

それに焙煎機も欲しかったし、美味しいコーヒーをいれるにはそれ相応の器具が必要。そしていいものってやっぱり高い。だから稼ぐしかない。それにやりたいことがめちゃくちゃいっぱいありすぎて、お金がたくさん必要だと気づきました。

 

僕たとえば友達の紹介でボイストレーニングに行ってみたらこれがまた楽しく、2週間に1回くらい行くようになったし、これからプログラミングとかもやりたいし、そうしたらMacbookとかほしいし(もう買いました)

あと、美味しいもの大好きだから、外食とかもたくさん行きたい。。。

 

欲にまみれていますが、やっぱりお金って必要です。

そこで始めたのが、シンプルにめちゃくちゃ働くこと

 

前の職場の経験もあって、働くことにかけては自信がありました。時給1,000円以上なら、大歓迎!また毎日休まずに、一日10~13時間は働きました。それでも前の職場よりはかなり楽だったので、今度はしっかり稼ぎながらやりたいことをすこしずつやれるようになっていきます

お金はできたけど、時間が無くなった

時間、時計

Point!

  • お金は貯まるも、時間が無くなる
  • 時間を切り売りするアルバイトでは限界があると気づく
  • 時間を切り売りしない「ブログ」を始める

お金が必要だと知ってからは、毎日休みなく12時間くらいは働いていました。一人くらいでしたが、まかないがあったのでお金の消費もかなり抑えられてました。ただ、当たり前ですがそれだけ働いていればやりたいことをやる時間がありません

 

残っているのは睡眠時間で、これを削っていくしかなくなりました。それに、このままアルバイトとして生きてもきっとなにも変わらないのだろうと思いました。時間を切り売りするアルバイトに、限界を感じ始めたんです。

だって、アルバイトを継続しているだけでは、一生アルバイト止まり。僕はそのときはもう正社員にウンザリしていたから、一生なるもんかと思ってました。これでは一生どん詰まりだと、また人生の方向性を考え直し始めます

 

そこで始めたのがこのブログ。ブログなら、働かずにお金が入ってくる仕組みを作れるかもしれないと思ったからです。

「働かずにお金を稼ぐ」=楽をしたい。というわけではないですが、やりたいことをやる時間がほしい。これからの自分の人生、このままどん詰まりでいたくない。

ぼくはやりたいことをやるために、やり続けるために、フリーランスという道を選びます

 

まだ始めたばかりで勝算は全く見えませんがこのブログで、できたこともできなかったことも書いていくことで、みなさんの人生の役に少しでも立てたらと思っています。

以上でここまでの僕の物語は終わりです。ここまでお読みいただきありがとうございました!

 

P.S

最近、IT系の会社に就職しました。

フリーランスとして安定的に稼げるように、プログラミングをマスターして

ブログの2本柱で稼げるようになるまで、しばらくは正社員としてやっていきたいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではでは。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。