コーヒーを飲むように絵画を観る。「印象派からその先へ」〜名古屋市美術館〜

美術館、印象派からその先へ

現在名古屋市美術館で開催されている、「印象派からその先へ」に行ってきました。

以下、そこで思ったことを書いてみたいと思います。

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名古屋市美術館特別展 印象派からその先へ

美術館、印象派からその先へ

日本における西洋美術のコレクションは今から百年ほど前、第一次世界大戦が終了した1910 年代の末に始まります。松方幸次郎、大原孫三郎、福島繁太郎といった人々が、日本の西洋美術コレクションの中核となる作品を収集したのがこの時期です。その後も日本人の西洋美術に対する情熱は衰えず、数々の優れたコレクションが形成され、現在に至っています。

石膏建材メーカーとして知られる吉野石膏株式会社は、1970年代から本格的に絵画の収集を開始し、2008年には吉野石膏美術振興財団を設立。コレクションのさらなる拡充と調査研究を推進してきました。そうして形成された西洋近代美術のコレクションは、質量ともに日本における歴代のコレクションに勝るとも劣らぬ内容を誇っています。現在、その多くは創業の地、山形県の山形美術館に寄託され、市民に親しまれています。

本展ではバルビゾン派から印象派を経て、その先のフォーヴィスムやキュビスム、さらにエコール・ド・パリまで、大きく揺れ動く近代美術の歴史を72点の作品によってご紹介します。ミレー、ドガ、ルノワール、ファン・ゴッホ、ピカソなどの出品作はいずれ劣らぬ名作ばかりで、とりわけピサロ、モネ、シャガールの三人は、各作家の様式の変遷を把握できるほどに充実しており、見応え十分です。吉野石膏コレクションが誇る西洋近代美術の傑作の数々をまとめて紹介する展覧会は、中部地方では初めて。知られざる珠玉の名品を、どうぞこの機会にご堪能ください。

テレビ愛知

開催日程と場所

日程:2019年4月9日〜5月26日

時間:9時30分〜17時00分(金曜は20時まで)

場所:名古屋市美術館

名古屋市科学館

料金

当日 前売・団体
一般 1,300円 1,100円
高大生 900円 700円
中学生以下 無料

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コーヒーを飲むように絵画を観る。「印象派からその先へ」に行ってみた。

美術館、印象派からその先へ2

まるでコーヒーを飲んでるときみたいでした。

その背景や価値観を紐解いてく作業は、どこかテイスティングに似ています。

 

違うのは、コーヒーが刹那的なのに対して、絵画は時空を超えていること。

その距離感が違うんだと思います。

コーヒーなら、ひとくちでその味からその人の生き方や価値観を探ります。

何も見えなければ、こちらに判断する材料がないか、もしくはコーヒー自体になにも載せていないんだと判断します。

そしてコーヒー自体にどんな風味が含まれていて、どんな要素で風味が形成されているかも見ます。

絵画を観るのは、その作業ととても似ているところがありました。

 

そして今回、はじめてそのことに気がつきました。

 

ぼくは大学時代に一年休学して、世界一周の旅をしていました。

そのときに、時間もあったので美術館巡りもしていました。

今回の展示のなかには当時見た作品もいくつかあり、絵を見ることで当時のことを思い出したり、たった数年前のことなのになつかしさすら覚えました。

 

あのころよりも成長を感じた点もありました。

あのときは、ただなんとなく絵を眺めていただけでした。

 

でも今回は、

「この絵はここに焦点がいくように描かれていて、逆にここは下書きのような荒さがある」

「きっとこの絵はこれくらいの距離感で見てほしかったのかな。こっちの絵はこうかな」

なんて、考えながら楽しむことができました。

 

逆に当時と変わらなかったのは、自然が豊かな風景に魅力を感じたという点です。

なぜだろうと考えたときに、小学生時代のじぶんのことを思い出しました。

 

ぼくは愛知県の田舎の生まれで、小学校は山の中にありました。

とても自然が豊かで、緑豊かな学校でした。

きっと豊かな自然が描かれているのをみると、なんとなく安心するのはそのためなんだと思います。

 

逆にいえば、ぼくはずっとその風景を心のどこかで求めていたのかもしれません。

 

そしてもしかしたら、ぼくと似たような感覚の画家もいたかもしれない。

特にアルフレッド・シスレーの絵は、ぼくの心の原風景とその絵がとてもよく似ていました。

自然が豊かで、木々が青々として、風に吹かれるような、そんな風景です。

晴れ、明るい、森

ぼくは小学生の夏休みには、暑い中ひたすら木陰を探しては休んでいました。

あのときは意識していなかったけど、それが心の中の原風景になっていました。

 

だから旅をしているときも、自然が豊かな絵に惹かれてしまっていた。

ゴッホのひまわりや、モナリザ、ヴィーナスよりも魅力的に見えたあの絵の理由が、今ようやくわかった気がします。

 

印象派の絵のすごいところは、そうやって絵と心の原風景とが結びつき、勝手にじぶんのストーリーと重ね合わせてしまうことだと思います。

特に、20代前半で世界一周を経験したぼくには、いろんな風景画がその経験と混ざり合っていました。

 

絵画は見る人によって見方や解釈が変わるし、同じ人でも時期や年齢によって見方は変わってきます。

それはきっと、絵画以外のすべてのものでも同じなのかもしれません。

 

ぼくは絵を見ながら、「いま、もう一度世界中を旅して回ったら、いったいどんなふうに心に映るんだろう」っておもいました。

同時に、いま感じているこの世界をどうにかして、形に残しておきたいなとも思いました。

それは絵かもしれないし、なにか他の作品かもしれないし、このブログかもしれません。

 

とにかくいま感じていることを、解釈して、表現する。

それはまぎれもなく今しかできないことだし、とても大切なことなんだと思います。

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